横浜地方裁判所 昭和40年(ワ)1453号 判決 1966年7月18日
原告 杉山美雄
右訴訟代理人弁護士 横溝貞夫
被告 中山勘次郎
被告 伊奈源左衛門
右両名訴訟代理人弁護士 菅原幸夫
被告 吉原信次
右訴訟代理人弁護士 永田嘉与志
主文
(一) 被告中山勘次郎は原告に対し、農地法第五条の規定による神奈川県知事の許可があったときは、別紙目録記載(一)ないし(三)の各土地につき、横浜地方法務局川和出張所昭和三四年七月一三日受付第三七四六号をもってされた同日付停止条件附売買契約に基く所有権移転仮登記の本登記手続をすべし。
(二) 被告伊奈源左衛門、同吉原信次は原告に対し、前項の所有権移転本登記手続を承諾すべし。
(三) 訴訟費用は被告等の負担とする
事実
原告訴訟代理人は主文と同旨の判決を求め、請求の原因として次のとおり述べた。
一、原告は、昭和三四年七月一三日、被告中山勘次郎から別紙目録記載(一)ないし(三)の各土地(以下事件農地という)を、代金四六万四、八〇〇円と定め、農地法第五条の規定による神奈川県知事の許可を受けることを停止条件として買受け、同日右代金全額を支払うとともに、本件農地につき主文第一項掲記の所有権移転仮登記を経由した。
二、然るに、その後被告中山は本件農地につき農地法第五条所定の神奈川県知事に対する許可甲請をなさず、そのため原告は右仮登記の本登記手続をすることができなかった。
三、ところで、原告が右仮登記を経た後、本件農地について、
(1) 被告伊奈源左衛門は昭和三七年五月一日横浜地方法務局川和出張所受付第四〇九七号により、同年一月二〇日付売買による所有権移転登記を経由し、
(2) 次いで被告吉原信次は、昭和三九年三月五日同出張所受付第三二九一号をもって昭和三八年一二月二〇日付売買による所有権移転仮登記を経たのち、昭和三九年八月四日同出張所受付第一二〇四九号による所有権移転の本登記を経ている。
四、よって原告は、被告中山に対し、本件農地につき農地法第五条の規定による神奈川県知事の許可があったときは前記仮登記に基く本登記手続をなすべきことを求めるとともに、登記上利害関係を有する第三者である被告伊奈、同吉原に対し、原告の右本登記申請につき承諾を求める。
被告中山、同伊奈訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、「原告主張の請求原因事実第一項中、被告中山が原告に対し、原告主張の日、本件農地を代金四六万四、八〇〇円で売渡したこと及び本件農地について原告主張のとおりの仮登記がなされていることは認めるが、その余の事実は否認する。同第二項中、原告が右仮登記の本登記手続をしていないことは認める。同第三項の事実は認める。原告と被告中山との本件農地の売買契約は、無条件でされたものであるから、農地法の規定に照らし無効である。」と述べた。
被告吉原訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、次のとおり答弁した。
一、原告主張の請求原因第一、第二項の事実は不知、同第三項の事実は認める
二、仮りに、原告と被告中山間に原告主張の売買契約が成立したことありとしても、右売買契約は農地法第五条による神奈川県知事の許可を停止条件とするものであるところ、その後本件農地については、同法第三条による神奈川県知事の許可を受けて、被告中山から同伊奈、同吉原えと順次所有権が移転されており、同一農地について知事が重ねて所有権移転の許可を与えることは有り得ないから、原告主張の売買契約の停止条件たる農地法第五条による神奈川県知事の許可を受けることは既に不能となっており、従って右売買契約は無効であるというべく、これが有効たることを前提とする原告の本訴請求は失当である。
三、仮りに、右主張は理由がないとしても、現段階においては原告主張の売買契約につき農地法第五条による神奈川県知事の許可が受けられるか否かは未定であるから、原告はまず、被告中山に対する請求を認容されて主文第一項掲記の判決を得、農地法第五条による神奈川県知事の許可を受けたうえで、原告の本登記申請につき被告伊奈、同吉原に対しその承諾を求めるべきであって、右許可を得ることなしに被告伊奈、同吉原に本訴請求をすることは許されない。<省略・証拠関係>。
理由
一、被告中山に対する請求について。
原告が昭和三四年七月一三日被告中山から本件農地を代金四六万四、八〇〇円で買受ける旨の契約をし、同日主文第一項掲記の所有権移転仮登記を経たことは、原告と被告中山との間で争いがない。そして成立に争いない甲第一号証の一ないし三、証人杉山邦雄の証言により真正に成立したものと認められる甲第三号証、証人大谷仙太郎、同杉山邦雄の各証言を総合すると、原告と被告中山との間の本件農地売買契約は農地法第五条の規定による神奈川県知事の許可を停止条件としたものであること、原告は、右契約締結の当日、被告中山に右売買代金四六万四、八〇〇円全額を支払ったことが認められ、他に右認定を動かすに足る証拠はない。
されば、右売買契約が無条件でされたが故に無効であるとの被告中山の主張は理由がなく、被告中山は原告に対し、右売買契約に基き、本件農地について神奈川県知事による農地法第五条所定の許可があったときは、主文第一項掲記の所有権移転仮登記の本登記手続をすべき義務あることが明らかである。
二、被告伊奈、同吉原に対する請求について
原告が昭和三四年七月一三日被告中山から本件農地を代金四六万四、八〇〇円で買い受ける旨の契約をし、同日主文第一項掲記の所有権移転仮登記を経たことは、被告伊奈との間では争いがなく、被告吉原との間では、成立に争いない甲第一号証の一ないし三、証人杉山邦雄の証言により真正に成立したものと認められる甲第二、第三号証、証人大谷仙太郎、同杉山邦雄の各証言をあわせると、これを認めるに十分であり、かつ右各証拠によると、右売買契約は農地法第五条の規定による神奈川県知事の許可を停止条件としたものであること、原告は契約当日被告中山に売買代金全額を支払ったことを認めることができ、他に以上の認定を動かすに足る証拠はない。
一方、原告主張の請求原因第三項の事実は、各当事者間に争いがなく、被告伊奈、同吉原の経た各登記が原告の前記所有権移転仮登記の後になされたことは明らかであるから、原告が本件農地につき農地法第五条の規定による神奈川県知事の許可を得て、右所有権移転登記に基づく本登記手続をするときは、同被告等の右各登記は抹消さるべきものであり、従って同被告等が登記上利害関係を有する第三者であることは明らかである。従って原告は、本件農地について前記所有権移転仮登記に基く本登記手続をするにつき、不動産登記法第一〇五条、第一四六条一項の規定により、被告伊奈、同吉原に対しその承諾を求める権利を有するものと認められ、又弁論の全趣旨によれば、原告が同被告等に対し右本登記申請につき予めその承諾を求めておく必要があることも明らかである。
三、次に被告吉原の抗弁並びに法律上の主張について判断する。
(1) 条件が不能に帰した旨の抗弁について。
被告伊奈、同吉原がそれぞれ神奈川県知事の許可を得たうえで、本件農地の所有権取得登記を経ているにしても、すでにその以前に所有権移転仮登記を経ていた原告がその本登記手続をするときは、右被告等の後順位の登記はいずれも抹消さるべきものであること、さきに述べたとおりであり、また県知事の許可は、農地の権利移動の効果を確定すべきものではなく、すでに一度権利移動の許可を与えた農地について、さらに農地法五条の規定による農地の転用並びに権利移動の許可申請があった場合にも、都道府県知事は農地法の趣旨に照らし、農地行政の見地から当該農地の転用および権利移動を認めることが適当か否かを判断して、その許否を決すべきものであるから、本件農地についてさらに原告が農地法五条の規定による許可を得ることが不能と確定したわけのものではなく、被告吉原の抗弁は理由がない。
(2) 次に、被告吉原は条件成否未定の間は原告の被告伊奈、同吉原に対する本訴請求は許されないと主張するが、前記認定のとおり、神奈川県知事の許可があったときは、原告は本件農地について経由した所有権移転仮登記に基く本登記手続をすることができ、右本登記手続をするについて同被告等に対しその承諾を求める権利を有するのであり、又予め同被告等に対しその承諾を求めておく必要があるのであるから、被告吉原の右主張は理由がない。
原告が神奈川県知事の許可を得ることができなかったときは、本登記手続をすることができず、従って右被告等に対する承諾請求も無意味に帰するだけのことである。
四、よって、原告の被告中山並びに被告伊奈、同吉原に対する各請求をいずれも理由ありとして認容し<以下省略>